Dan Ford

MLBとの出会い 〜なぜか少年時代にMLBで最も印象に残っている選手〜

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イチロー、黒田博樹、ダルビッシュ有や田中将大、青木宣親、上原浩治
田澤純一などMLBで現役で活躍している日本人選手が目立ちますね。

 

野茂英雄が海を渡ったのを筆頭に、日本人がMLB(メジャーリーグベースボール)で
プレイしている事は、今や全然珍しくない光景となりました。
野茂さんは英雄の字のごとくまさに英雄(ヒーロー)的存在ですね。

 

私は小学生から野球を始め、中学⇒高校⇒大学⇒社会人
(それまでやっていた硬式から軟式に戻りました)
そして10年ほど前にチームが解散するまで一貫して野球を続けてきた
イチ野球ファンです。ここ数年は、テニスに明け暮れる日々を送っていますが…(笑)

 

当サイトでは、そんな私にとっての少年期のMLBの思い出などを書き綴っています。
MLBに限らずせっかく経験してきた野球とテニスの違いの発見などに関する記事なども
時々書いてみたいと思います。

 

そんな私が、中学生の頃に見て一番印象に残っている選手がいます。
それがダン・フォード(Dan Ford)選手。

 

もちろん当時は、現在のようにNHKの衛星生中継が盛んだった時代ではありませんし、
このダン・フォード(Dan Ford)選手、決して生涯成績も飛び抜けていたワケでもないのですが…。
お暇な方は、ちょっとしたアラフィフの回想話にお付き合いください(笑)

 

1965年生まれの私がちょうど中学生になった1978年に
毎週日曜日の昼13:00から”アメリカ大リーグ実況中継”という試合放送番組
毎週月曜日の夜20:00から”アメリカ大リーグアワー”というダイジェスト&解説番組が始まりました。
(月曜日は今は亡きパンチョ伊藤さんの解説でした)

 

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上記の写真は、フジテレビの古いロゴやマークも懐かしい
大リーグ中継番組が正に始まった年の広告です。
MLB自体のトレードマークは今も昔も変わらないのは立派。
欧米のデザインは完成されものが多い気がしますね。

 

(1978年というこの年はサンシャインシティ池袋が出来たり、ラフォーレ原宿が出来、
翌年の1979年には渋谷109、今思えば現在の東京が形作られた始まりの年だった
のかも知れませんね。渋谷のタワーレコードが出来たのもこの3年後の1981年でした)

 

そんなテレビ放送以外に当時の情報源と言えば、あとはベースボールマガジン社が発行する
週間ベースボールの大リーグを特集した別冊の雑誌ぐらいだったはずです。
(当時の金額で950円でした)

 

まだ子供ながらに、その頃見たメジャーリーガー(特に黒人選手)のスピーディで
ガッツ溢れるプレイは一目見て惹きつけられました。

 

「スゲェ〜、足速ぇ〜!」など興奮してフジテレビの放送を楽しみに見ていたものです。

 

思えばまだウェイトトレーニングが今ほど盛んでない時代だったからでしょうか?
どの選手も今よりスマートな選手が多かったように思えます。

 

ウェイトトレーニングをすれば体も大きくなりますし、
当たった時のパワーは強烈になるでしょうが、私個人的な意見としては
だからと言って当時のメジャー野球のプレイ内容が決して今より見劣りしているなんて事は
なかったと思っています。

 

純粋に野球をする事で鍛えられた「しなやかさ」かつ「スピーディ」に溢れたベースボールが
その時代の魅力だったかも知れません。

 

ウェイト練習は、怪我防止の意味合いもあるようですが、プレイに良い事ばかりではないように感じます。
これについて話すと長くなりますし、本筋を逸脱していまいそうですので、
いつの機会かに記事を書いてみたいと思っています。

Dan Ford(ダン・フォード)選手のニックネームはディスコ・ダン☆

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前置きが長くなりましたが、ダン・フォード選手についてのプロフィールやあらましについては以下の通りです。
(一部WikiやStats by Baseball Almanacの記事を参考に私自身が翻訳してみました)

 

Dan Ford Darnell Glenn Ford(ダーネルグレン・フォード)
(カリフォルニア州、ロサンゼルスで1952年5月19日生まれ)元プロ野球選手。
"ディスコダン"の愛称で、彼は主にミネソタ・ツインズ、カリフォルニア・エンジェルス、
そしてボルティモア・オリオールズで1975年〜1985年の10年間外野手として大リーグでプレー。
通算キャリア1153試合のゲームで、フォードは生涯打率0.270、121本塁打と打点566の成績を残す。

 

ダン・フォードが現役選手時代の主だった歴史(ハイライト)

  • 1970年6月

    ダン・フォードは、1970年のMLBドラフトで一巡目の(総合24チーム中)
    18番目にオークランド・アスレチックスに指名されました。

 

  • 1974年10月23日ツインズににトレードされる前の4年を

    アスレチックスのマイナーリーグシステムで過ごします。

 

  • ツインズ移籍後の4シーズン、フォードはツインズのラインナップのレギュラーで活躍します。

    2年目には、1976年4月15日に再建されたヤンキースタジアムで最初にホームランを
    打った人物として記録に残っています。

 

  • 1978年12月4日に、フォードは、ダニー・グッドウィンとロン・ジャクソンのためにAngelsにトレードされます。

 

  • エンジェルス移籍後の1979年8月10日には、シアトルマリナーズ相手にサイクルヒットも記録しています。

 

  • その3年後に、オリオールズにトレードされますが

    フォードが属するオリオールズは1983年のワールドシリーズに出場を果たし
    シリーズ3試合目でホームランを打つ活躍を見せました。

 

という具合に至って普通のメジャーリーガーだったわけですが、私が好きになった理由は
ニックネームが"ディスコ ダン"とあるように、そのファンキーな風貌やお茶目な感じにありました(笑)

 

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この写真の記事にもあるように、彼はアスレチックスからツインズに
移籍した事で花開き、レギュラーの座を獲得。
その後エンジェルスにトレードされるまでの短い間でしたが、
このツインズでのプレイした期間が一番輝いていた時期だったと思います。
(晩年にワールドシリーズ出場でもうひと花咲かせますが…)

 

体を揺らしてリズミカルに打席に入る様は、正にディスコ・ダンにふさわしく、
当時中学生だった私に強く印象を残したのでした。

 

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↑当時ツインズが組んでいた対戦投手別のバッティングオーダー

 

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↑写真はセンターだが、時々ライトも守っていた。

 

以上、このお話自体も特にハイライトやオチもなかった感じもしますが
当時大リーグ中継を見ていたファンの方には少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
しかし、ツインズのユニフォームは阪急ブレーブスに似てる…いや、逆か(笑)

 

 

 

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最後にワールドシリーズにも出場した
オリオールズ時代のダン・フォードの勇姿です!

 

サングラスとヒゲの感じが超絶ファンキー♪